映画の感想:ノー・マンズ・ランド
2001年のカンヌ国際映画祭において、圧倒的なストーリーテリングの巧みさで世界中のマスコミを興奮の渦に巻き込み、脚本賞を受賞した『ノー・マンズ・ランド』
1993年、ボスニアとセルビアの中間地帯<ノー・マンズ・ランド>に取り残された、ボスニア軍兵士チキとセルビア軍兵士ニノ。お互い殺すか、殺されるかの緊迫した状況の中、交わされる二人の会話。戦争に巻き込まれ互いを憎みあいながらも、一体何故争っているのか分からずにいる二人の間に幾たびか心を通わせる瞬間が訪れるのだが...。彼らの一触即発の駆け引きを、ユーモラスかつスピーディーに描きながらも、戦争の愚かさが浮き彫りにされ、観る者の胸に突き刺さる傑作である。
今まで見た戦争映画の中でも特に秀逸な作品。草原や青空、小鳥のさえずりといった「何もない穏やかな日常」を思わせる光景と、それに相反する人間の対立と暴力。
兵士や国連が使う言語なども含めて、「お互いの不理解」というコミュニケーションの側面にも光を当てている。(この辺りは2006年に公開された『バベル』に通ずるところがある)
「わかりあえないこと」っていうのが、これほど恐ろしい結末を迎えるとは。興味深いのは、ボスニア兵のチキとセルビア兵のニノという2人が、「運命共同体」としてわかりあえそうな流れがあること。だが結局はわかりあえず、憎しみの連鎖に呑まれていく。ここの脚本が素晴らしいと思う。対立一辺倒ではなく、かといって友情の物語には決してなり得ない。追い詰められた中での2人の描き方がとても上手いと感じた。
また、ラストシーンも上手く描かれている。
『ノー・マンズ・ランド』が意図するのは、責任追及ではない。悪いことをしたのが誰なのかを指摘する映画じゃないんだ。僕が言いたいのは、あらゆる戦争に対して、異議を唱えるということだ。あらゆる暴力に対する僕の意志表示なんだよ。
ダニス・タノヴィッチ
最後に一人取り残されるツェラ。これは戦闘で殺されるよりも遥かにむごたらしいラストだろう。いっそ楽に死なせてあげればよいものの、それすらもできない。誰も責任を負うことが出来ないのだ。
「誰が悪いわけでもないし、誰も正義の味方ではない」という戦争の不条理さを、これでもかと訴えてくる名作。映像や音楽など、淡々と進む演出から人間のやるせなさが表現されている。