二流社会人のメモ帳

興味のあることを徒然なるままに独りごちる。

映画の感想:チャッピー

まあ、よくあるSFとしては面白かった。けれど、どうしても気に入らない。

なぜならこの映画は、SFが扱う「魂とは何か」「自我とは何か」という最も重要な問いに応えていない。要は、0と1の間をガン無視しているからだ。

別に正解なんてあるわけないし、皆それをわかった上で、その作品が提出する「仮説」に注目するわけである。

だが『チャッピー』において、自我はあまりにも簡単に扱われる。何の説明もなしにディオンはAIを開発してしまうし、人間の、ロボットの自我はUSBメモリへと抽出されてしまう。精神が身体の束縛を超えるというパターンはSFにおいてお決まりの展開ではあるものの、あそこまで簡単に移動してしまうのは違和感しかない。こんなのありかよ!?って感じ。

 

話の展開上、「人間とロボットの違いは全くない」ということになるが、それならディオンの作ったAIの中身にもう少し焦点を当てる必要がある。タチコマですらもう少しマトモに扱われていたぞ。

チャッピーとは何物なのか?ロボット?それとも人間?彼のAIが「ブラックボックス」と化している限り、この映画は「SF作品」とは呼べない。

また、なぜチャッピーの、ディオンの精神はあんなにも軽く切り離せたのか?結局、自我のキーは何なのか?記憶?これに対してもこの映画は解を提出していない。

 

個人的に「身体を超えた自我」という考え方に最近疑問を抱いていることもあり、なんだか納得のいかない展開だった。SF作るなら、難しくてもそこに応えてくれないと。(ただ、要求が高すぎるのかもしれない。他のSFを自称する作品と比べたら随分マシな方ではある)

また、テーマ性を抜きにした脚本もそこまで面白くはなかった。せめてチャッピーの成長やそれに伴う心情、思考の変化をもっとリアルに描いてくれれば。というか、そちらをメインにしたホームドラマに振り切った方が良かったのでは?

そもそも、2時間の映画でこのテーマに起承転結を与えること自体が難しいわけだし。

 

まあ、ヨハネスブルグの街やギャングの抗争なんかは独特の雰囲気があってよかった。チャッピーがギャングスタになるくだりは結構面白い。