メモ帳

千葉の田舎で生まれ、東京の出版社で働いている20代。ノンフィクションを中心に、読んだ本や観た映画についてのメモ代わりに書いています。

国立近代美術館:誰がためにたたかう?

この題名は『サイボーグ009』から取られたらしい。他の各コーナーのサブタイトルも秀逸なものが多かった。元々は「No Museum~」の方を見に行ったついでだったのだけれど、これ単体でもお金を払って見に行くべきレベル。

以下、気になった作品のメモ。

『飼われたる猿と兎』(竹内栖鳳)⇒「天上のパン」と「地上のパン」って言葉を想起させる。どっちが幸せなんだろうね。まあ何事もバランスだけど。

『動物宴』(藤田嗣治)⇒オーウェルの『動物農場』を彷彿とさせる作品。動物をメタファーに使うのはいつの時代にも常套手段なのね。

『犠牲者』(津田清楓)⇒小林多喜二≒キリストって思わせることを狙っている。確かに彼が持つ象徴性は、プロレタリアートにとってのキリスト的である。

『神兵パレンバンに降下す』(鶴田吾郎)⇒たくさんの白いパラシュートが戦争のおどろおどろしさとは真逆で、違和感を覚える。なんというか「さわやか」だから変。マグリットにこんな絵があったような。

『コタバル』(中村研一)、『香港ニコルソン付近の激戦』(宮本三郎)⇒戦争の勇敢さが表現されている。ここでもまだ、批判的な目はむけられていない。

アッツ島玉砕』(藤田嗣治)⇒ようやく戦争の負の側面が、シニカルに表現されてきている。物言わぬ死人の山は、観る人によって反応が異なるはず。

『餓鬼』(古沢岩美)⇒戦争に対して最も批判的な作品だろう。なかなか衝撃的だった。

 

ここからは第二次大戦後。

『なにものかへのレクイエム』(森村泰昌)⇒会田誠の『国際会議で演説をする日本の総理大臣と名乗る男のビデオ』を彷彿とさせる作品。「パロディ(≒ユーモア、皮肉)が持つ批評性」は一度真剣に研究してみたい。

 

『REAL TIMES』(chim↑pom)⇒お騒がせ集団である彼らの作品の中でも、かなり気に入った。ただ、そこにどれだけの批評精神を持っているのか(彼らによる作品の解説を見る限り、この作品に関してはかなりありそうだが)、そして、それは言語化(=説明)可能かが気になった。個人的には好きだし賛成派だが、反対派を説得し、惹きつけるだけの言語的説明も必要だと思う。ネットで過激な情報が拡散されてしまう今の時代なら尚更。