二流社会人のメモ帳

興味のあることを徒然なるままに独りごちる。

映画の感想:イージーライダー

アメリカンニューシネマといえばこれ。冒頭の"Born to be wild"の「あがるぅうう~!!!」って感じからの失墜感が見もの。

ニューシネマっぽい印象的な会話がこれ。

ハンセン:アメリカはいい国だった。どうなっちまったんだ?
キャプテンアメリカ:臆病になったのさ。二流のモーテルさえ泊まらせないんだ 何をビビッてやがるんだ?
ハ:怖がってるのは、君が象徴してるものさ
キャ:長髪が目障りなだけだ
ハ:違う、君に"自由"を見るのさ
キャ:自由のどこが悪い?
ハ:そう、何も悪くないさ 自由を説くことと自由であることは別だ 金で動くものは自由になれない アメリカ人は自由を証明するためなら殺人も平気だ 個人の自由についてはいくらでも喋るが―自由な奴を見るのは怖い
キャ:怖がらせたら?
ハ:非常に危険だ

この「非常に危険だ」って言った後のシーンで、ハンセンが南部保守の野郎どもにリンチにあって殺されるのは象徴的。

 この時代の閉塞感と開放感の絶妙なコントラストは面白いなー。

今の時代は逆に「開かれ過ぎて」いることへの拒絶感が強くて、それを可視化してくれる映画を見てみたい。もしくは魔術的なものが生き残る世界への哀愁、みたいな。

 

ただ、物語としてはリアリティなさすぎじゃね?とか冷静に思ってしまった。これがジェネレーションギャップなのか・・・?不条理でも理不尽でもいいんだけど、話の筋が通ってないのがなー。もっと「社会的な死」であることが伝わる殺され方の方が良いのに。死が全部、南部の田舎保守によって単発的にもたらされているのがどうもしっくりこない。これだと彼らに死の責任が矮小化されてしまう。(もちろん彼らはアメリカの病理の「象徴」なのだろうが)

もっと「システムそのもの」や「人間の悪意の総体」に殺される図がほしかったなーなんていうのは中二なのかしら。