二流社会人のメモ帳

興味のあることを徒然なるままに独りごちる。

映画の感想:<Mommy>マミー

率直に、すっげえ「巧い」映画だなあと。

「家族」というテーマは超王道だが、キャラクター描写のうまさ(何気ない表情やセリフ)や演出で、深く感動的に仕上げている。

文学みたいな映画だなと感じるシーンが多かった。、ママの運転中の走馬灯は完全に文学でいう夢(=暗喩)のシーン。

またスティーブがクラブで発作的にキレるカットも、彼の感じたストレスを上手く表現している。

擬似家族での日々の描き方もうまい。破滅と隣り合わせの日常。いわゆる、束の間の喜び。

少し気になったのは、「母と子」あるいはカイラを含めての「疑似家族」という2つの家族が存在しているのだが、監督にとってどちらを描きたかったのだろうか?まあ2つ同時に描くことに意味があったのかもしれないが。

カイラの存在が、映画のテーマを良くも悪くも揺るがしている。

(推測だが、彼女がいないとシナリオが成立しにくい、あるいはかなり無理があるものになっていたのだろう。現実的には立ち直れないような困難なストーリーが続く中で、流石に第三者が登場しないとスティーブの回復は難しかったはず。)


カイラが話せなくなった理由や家族との確執を、表に出さないのはうまい。これは明らかにわざと。おそらく「母と子」という第一の家族がメインテーマで、カイラに入れ込み過ぎることで話がそれないように、という配慮かと。カイラはあくまで、主役級の脇役。

2人を引き立てる語り部の装置。(語らない、語れないけど)

 

 

とまあ良作だったのだが、「う~ん・・・?」となる点も。それは演出である。

結論から言えば、上手いのだけど、スマートすぎる。デートプランが完璧すぎるとむしろ引いてしまのと似ている。この演出はこう見せたいんだな、みたいな「あざとさ」が透けてしまう所も。

ただ、そのような臭いセリフやカットを平気で流せるのは強みでもある。(細田守の強みと同じである。)

また、母と子の風変わりなキャラクター(特にスティーブ)が、真っ正直なセリフを吐くことを逆説的に可能としている。

さらに、臭いセリフはあくまで本当に大事なシーン(全体の2割ほど)に留めて、現実的ななセリフを続けざまに放たせているのは興味深い。臭いセリフを中和させる役割を果たしている。

 

演出についてもっと言えば、カットありきのシーンが結構多い。(その是非は置いておいて)

例えば、音楽を聞かせるためのシーン。(これはこれで面白くて、『6才の僕が~』に似ている。)この演出は多分、監督が伝えたいメッセージが載せられた歌を流す方がセリフよりもダイレクトに伝わると考えての演出だろう。ワンダーウォールとかは、完全にそれ。ちょっと窪塚洋介のアイキャンフラーーイ!っぽかった。

 

映像に感じては、全てをシームレスで繋いでいたバードマンとは異なり、一つひとつのシーンをミルフィーユやジェンガのように積み上げている『枯木灘』にも通ずるフーガ的構造。

映画を通じてトータルでも面白いのだけど、それ以上に印象的な「シーン」が多いと感じた。3人で歌うシーンやワンダーウォールの流れるシーン、スティーブの倒れるシーンなどなど。

 

家族という骨太なテーマながら、フランス料理のコースでも作ってきたかのような映画だった。